ぴあの玉手箱

Mondo Piano Music Journal

Posts in the category

からす

鴉 Original Photo via flickr.com

黒い影がずっと着いてくる
身を隠すでもなくそっと
前の街から
わたしの行方を見届けようと、鴉が着いてくる

黒い影は追い越そうとはしない
ショーウィンドウに姿を写す
わたしの様子を
上着の中を値踏みするように、鴉は追い越そうとしない

わたしの脇を車が通りすぎて止まった
突然大きな羽音がして、
身をすくめたわたしを促した
黒い影は真後ろにピタリとついて、わたしを共に先へ促す
 

シューベルトの歌曲集《冬の旅》から第15曲「からす」
詩は、ヴィルヘルム・ミューラー

  
Download now or listen on posterous

D911-15.mp3 (1851 KB)

バリトン:ゲルハルト・ヒュッシュ、1933年録音。

(さらに…)


歌曲の王、フランツ・シューベルトが亡くなった日が今日。1828年の事です。前年がベートーヴェンが亡くなった年で、シューベルトの有名な「未完成交響曲」は1824年の作曲。中学の頃に見た楽聖映画・・・ベートーヴェンやショパンといった作曲家の伝記映画を、戦争前には”楽聖映画”と銘打っていました。わたしが観たのは、図書館での上映だったか、NHKテレビだったか、ローカルの熊本の深夜の映画放送でも観たと思います。熊本の有名な映画評論家さんが前説明をされて、CM無しか、途中で1回か、2回短く1分以内のCMがながれる程度でした。

シューベルトはベートーヴェンを手本にして、交響曲の作曲家を目指していました。指揮者であるとか、諸侯の宮廷音楽家になりたかったようです。しかし時代は、宮廷の音楽からブルジョワジーへと変わっていった時代で父親が運営していた学校の教師を甘んじて従わなければ食事に事欠く次第。ハイドンと同じく、現在のウィーン少年合唱団の前進になる合唱団に在籍していたほどのシューベルトですから、かなりの美声であったと思います。若い頃の肖像は美男子ですね。学校の音楽室で見慣れたシューベルトの肖像は、度の厚いメガネをかけていて美男子とは言えない風体ですけどね。

顔だけではなくて、身体中に吹き出物があったそうです。どうしても音楽家になりたくて、教師の仕事はそっちのけでピアノに向かっていたし、友達づきあいだけは良かったので大人が通うところにも良く通っていたそうです。ウィーンは娼婦宿の有名な地でもあります。川魚とか食べ物も美味しいそうだし、そういった土地は女性の仕事も様々。

 

SYMPHONIE INACHEVEE
(FRANZ SCHUBERT)
GRAND ORCHSTRE SYMPHONIQUE
sous la direction de SELMAR MEYROWITZ
Paris, 1934

PAT 98 matrix CPTX 342-2 / M6-90764
Ⅰ Allegro moderato

写真 via bsrlive.com

大奥の始まりに至る道のりを、鮮やかに華やかにオリジナルでドラマに仕上げます・・・という事で、2008年の大河ドラマ「篤姫」で脚本を書いた田渕久美子さんが来年、2011年の大河ドラマで描くのが女の物語。今年の「龍馬伝」が順調に放送をスタートした2月に既に来年1月からの放送のための撮影がスタートしていました。

「江〜姫たちの戦国〜」

幕末の群像の中で坂本龍馬に焦点を絞った今年のように、戦国時代の女たちの群像と言える浅井長政の3姉妹の次女、江(ごう)の視点から見た時代の動きを描いてくれそうです。開かれていた戦国から国を閉ざし、女たちは大奥に縛られていく時代は、幕末と対象的。海を渡った1人の芸子と比較してみるのも面白いですね。

 

良妻賢母とか、子供は母親が育てるという今では当たり前だと思い込まれている事が、明治、大正期に欧米文化を日本に取り込むという形で定着していったという事ですが1人の男の妻として生きるという意識は、江(ごう)の時代には奇異なものであった事ではないかしらとわたしは感じています。このあたりがどう描かれていくのかが、ドラマに登場する戦国、或いは維新以前の女性像への関心処です。脚本と女優さんの意識、観念のせめぎ合いも作品に出るところが強いと思います。そういうところは、信念と理想を追う男を主人公にするのとは違った難しさがあるのではないでしょうか。

(さらに…)


幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだね。一日一歩、三日で散歩・・・・熊本では、水前寺清子さんの歌で知られている『365歩のマーチ』。この曲の作詞をされた星野哲郎さんが亡くなりました。

「函館の女(ひと)」や「三百六十五歩のマーチ」など、昭和を彩る多くのヒット曲を手がけた、作詞家の星野哲郎(ほしの・てつろう=作詞家、日本作詩家協会名誉会長、本名有近哲郎=ありちか・てつろう)さんが、2010年11月15日午前11時48分、亡くなりました。85歳でした。自宅は東京都小金井市梶野町3の6の10。葬儀・告別式の日取りや喪主は未定。

星野さんは山口県の出身で、今の東京海洋大学を卒業後、遠洋漁船の乗組員になりましたが、結核を患って仕事を辞め、病と闘いながら作詩の活動を始めました。雑誌の懸賞で入選した「チャイナの波止場」で作詞家としてデビューしたあと、▽北島三郎さんの「函館の女」や▽都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」、それに▽水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」など、演歌を中心に昭和を彩る多くのヒット曲を生み出しました。演歌以外にも、ポップスの「黄色いさくらんぼ」や小林旭さんの「昔の名前で出ています」、渥美清さん主演映画「男はつらいよ」シリーズの主題歌など、ジャンルは幅広く、作詞した歌は4000曲を超えています。作曲家船村徹氏とのコンビで「風雪ながれ旅」(北島三郎)、「みだれ髪」(美空ひばり)、「兄弟船」(鳥羽一郎)などがヒット。91年、北島さんの「北の大地」でレコード大賞を受賞。また、日本作詩家協会の会長や日本音楽著作権協会の会長などを歴任し、平成12年には勲3等瑞宝章を受章しました。

 


ぬりえ

ぬりえ

可愛い表情のミンキーモモが、今日のぬりえです。アニメの印象とは随分違いますね。ぬりえの原画を描いた絵描きさんのイメージはどういうキャラクターのつもりで書いたのかしらね。今日のは細かい線があるから、小さいお子さんには難易度高いかしら。 – from Brightkite


このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください。


ぬりえ

ぬりえ 幸せのクローバーを見つけた、モモ。